hennyu_1’s blog

大学3年次編入を目指す者のメンタル寄稿

編入を志してはや一ヶ月と半分くらい。

今までは心のうちに溜めていたことをTwitterに吐き出すようにしていたのだが、どうやらフォロワーの増加に伴い、僕の発言を快く思わない人も増えてきたらしい。


何処にも向けようのない心の中の葛藤であったりを、しばらくはここには吐き出すことにする。


編入試験というのは、一般入試とは異なる。


第一に、周りが楽しそうにしている中、黙々と勉強する必要性がある。編入を志すものは孤独との戦いを強要される。これは、一般入試でいう、みんながやっているから自分も頑張るが通用しない世界で、いつでも逃げ出すことが可能な環境である。すなわち、主体性が求められるのが編入試験だろう。


第二に、主体性と被る部分もあるが、行動力も一般入試に比べると編入試験は求められるところにあると思う。ここに辿り着いているということは言うまでもないことだろうが、編入試験は情報戦とも称されるほど、情報不足だ、これもまた予備校に足を運ぶことや、合格者となんとかコネクションを作り、質問をするなどが必要になってくる。一般入試のように誰も、諭してはくれない。


こういう訳で、編入試験は一般入試とは異なるところで挑戦者を阻む。


多くの一般入試失敗者で、編入を志した者達は、これらの関門を突破できず、諦めて行ったことだろう。


編入試験はセンター試験を突破せずに、国立大学に入学できることから、裏口入学だ、などと言われることがあるが、一般入試入試に真剣に取り組んだからこそ言えるが、編入試験は単なる試験ではない、目に見えない高い壁が確実に存在する。


編入試験を志す者は少なくとも普通の大学生とは異なる1,2年を過ごさなくてはならない...。


自分がその渦中に飛び込んだのは、つい1.5ヶ月ほど前のことである。


実は自分も先述した、受験失敗から編入試験を志し諦めた者の一人である。1回生のうちはすぐに忘れて大学生活を平凡に送っていた。ここにやはり編入の壁は存在した。


しかし、何故ここに来てまた編入試験を意識し始めたかと言うと


心のどこかに1年間残り続けた、劣等感、コンプレックス、悔しさ、向上心。


バイトや恋愛、サークルに明け暮れたが、その気持ちは常にどこからかやってきた。消えることは無かった。


そして、たまたまTwitter神戸大学編入を成功させた、同大学の先輩を発見した、思わずダイレクトメッセージを送信し、次の日には、直接話を伺った。


そうして編入試験に対しての概要を掴んだ後、今こうして受験生のような生活を続けている。


もちろん不安で、孤独。今までの友達を避けるように講義を受けて1人で図書館へ向かう生活をするよう心がける。しかし、今日は友達と授業終わりに接触する。もちろん、そんな日もある。ご飯を誘われ断れない雰囲気になり、一緒に食べたり雑談をするが、その時もスタートの遅れた自分は勉強しなければと背徳感に駆られることになる。


これらをクリアした者が編入試験に合格するのだと思う。


もちろん元々、独りである環境を作りだせる志望生は大学での勉強は捗るだろうが、大学テストの過去問共有などができず、単位取得に時間がかかることや、大学の楽しさなどの醍醐味を犠牲にすることにもなる。


どちらにせよ、かなり厳しい生活を強いられることは間違いないところである。


僕の編入試験への挑戦はまだスタート地点に立ったばかり、このブログはそんな僕の編入挑戦への備忘録である。


その都度思ったことを書き留めていく。どんなメンタリズムが生み出されていくのか、僕も楽しみであり恐い。